2012年06月03日

悩んでいた子育てが生き生きした楽しいものに

かわいい最初の子どもが1歳半をすぎた頃、子育て、しつけ、知育と何を参考にしていいのか、悩んでいました。自我の芽生えと好奇心にとまどうぽかりでした。たとえば、お友だちとおもちゃを取り合う姿などを見ると「どうして、ゆずれないの」と思って、家に帰ってから、落ち込んでしまいました。

幼児教室での指導の仕方(2歳の子どもに、先生が「そんなに、世の中は甘くないのよ」と教室の外で泣くわが子を叱るのです)を見て、ますますどうしてよいのかわからなくなりました。そんなとき、友人がビッテ式「家庭保育園」についての本を貸してくれたので、読んでみるとそれまでのもやもやがとれて、目の前が明るくなる思いでした。

子どもの理解しにくい行動も、はぽ理由がわかり、自分の子どもの見方を180度変えさせられました。すると、今まで何と無駄な時間を過ごしたのかと思い知らされ、即、ビッテ式に入会しました。それからの子育てが、どれほど生き生きしたことでしょう。

絵本の質の高さに感心し、子どもも2歳をすぎていましたので、どんどん好きになり、毎日、20冊以上読みました。お散歩にも、「ことばのべんきょう」を持って行き、河原で本を読み、お弁当を食べて帰ったりもしました。道を歩くときにも、花の名前や季節のうつろいを話し、自然に景色に目がいくゆとりのある人間になってほしい、と意識して言葉がけをしました。

また、電車の中や街中でも、子どもに教えるというよりは、対等な立場で会話するようにしました。ドーマン法で文字カードをつくり、ゲームをするようにカードを覚えさせていきました。国名も「国旗カード」で10日ぐらいで覚え、祖父母は「どうして2歳の子どもが、聞いたこともない国名を覚えたの?」とびっくりしていました。

童謡もすいすい覚え、テープを聞くだけで、30曲ぐらいすぐに歌えるようになりました。文字読みは、ひらがな積み木を使い、2歳半ぐらいから始めました。まず、積み木で自分の名前などをつくり、1ヵ月くらいで50音は読めるまでになりました。

文字に興味が出ると、絵本も自分で読みたがるようになり、初めは暗記した文を絵にそってめくっていくようになりました。4歳1ヵ月からピアノを始め、発表会では最年少でしたが、プログラムの1番目に演奏するというプレッシャーを見事にはねのけました。

先生との連弾では、メロディーと伴奏のパートを弾きわけ、5歳ということで、また感心されました。幼稚園でも、新しいお友だちが入ってくると、声をかけ、色々と教えてあげているようで、お母さまからお礼を言われてびっくりすることがあります。小さい子には、教具の使い方や折り紙を教えてあげたりと、とても優しいお姉さんぶりを発揮しているようです。
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2012年05月31日

学芸会ではセリフを忘れた子を助ける優しい子に

5ヵ月、6ヵ月とだんだん成長する長男を見ていると、このままただ月日がすぎていくのは、とてももったいないような気持ちになりました。そんなとき、育児雑誌に載っていた「家庭保育園」という字が目についたのでした。

プログラムの発育標準を見ると、息子はいつも早めにクリアしていたようです。指しゃぶりもせず、また赤ちゃん言葉も話さず、はっきりした言葉で話す様子を見て、すごいなあと驚いていました。言葉数も多く、1歳ぐらいは先に進んでいるようでした。

毎日、プログラムにそって、ゴツゴツ働きかけていましたが、息子が9ヵ月、10ヵ月の頃に家庭の事情で休んでしまいました。それでも、絵本の読み聞かせだけは、毎日欠かさずやっていました。ドッツは、なかなか思うようにできず、一応、ひと通りはしてみたものの、その間、やっている最中にカードにさわってきたり、自分でしたいとカードを持っていったりと、大変でした。

また、やり方が悪かったのでしょうか、カードを見てくれず、別なほうを見たり、1日3回のところI回か2回しかできなかったりと惨たんたるものでした。それでも、あいうえおは早く覚え、書けるようになり、数字も覚えるのが早かったようです。

歌を歌うのが好きで、よく歌って聞かせてくれました。また、絵本を読んでもらうのが好きだったので、毎日読んでやり、自分でも読んでいました。2歳半からプリント学習をしました。3歳のときの知能検査の結果では、賞状をいただきました。

その後も、プリント学習を続けることにしましたが、3歳2ヵ月のときには引っ越しがあったり、4歳のときには内容がむずかしくなったのか、プリント学習するのが嫌になった様子でした。そんなわけで、ときどき休み休みやったため、終了するのにかなり時間がかかってしまいましたが、何とか最後までやり遂げられたときには、とてもうれしくて涙が出てきました。

おかげで、小学校に入る前には、すでにあいうえおは書けて読めるし、算数も簡単な足し算、引き算ならできるようになっていたので、入学するときは、思い上がらないように、知っていても先生の話はよく聞くようにと教えました。

学芸会で、お医者さんの役をしましたが、オオカミの子がセリフを忘れてしまったのを息子がこっそり教えていました。自分のセリフだけではなく、ほかの子のセリフも覚えていたのでしょう。驚いてしまいました。思いやりのある子に育ってくれて本当にうれしく思っています。
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2012年05月29日

何事にも積極的、弟や妹の面倒をみてくれる優しい子に

プログラムに出合った当時は、母親1年生で何をやるにも要領が悪く、洗濯、掃除離乳食づくりなどで、すぐに昼になる始末でした。スセディックさんの「胎児はみんな天才だ」の本を妊娠中に読んで、胎教はしていたものの、生まれてからは何をしていいのかわからず、ただがむしゃらに歌を聴かせたり、本を読んでやったりしました。

これでいいのだろうかと日々悩み、ひとりでいらいらしていたように思います。そんなとき、ビッテ式「家庭保育園」のことを知りました。「なぜなにブック」を見たときには、「あー、こんな本を探していたんだ」とうれしくなりました。ただ、うちの子どもはもう10ヵ月になっていたので、色々な体験談を読ませていただいたときには、ガーンとショックを覚えたものです。もう遅いのでは、と思いこんでいたのです。

しかし、子どもの一生を左右する今が、親のがんばり時だと思い直し、子どものために時間をつくろうとがんばってみました。本は生まれたときから読んでやっていたので、「読んで」とよく持ってきます。そのたびに、なるべく時期を逃さず、仕事の手を休めてひざに乗せて読んでやりました。本は、いつでも手にとれるような場所においてやりました。

ドッツなどのカード遊びは、朝起きてすぐにやりました。そうすると、1歳近くなっても注目してくれました。昼間は、プログラムを参考にして、積み木遊びや手遊び、ペグボードなどの知育遊びを主にしていました。娘は近所に友人がいなかったので、3歳の頃から音楽教室に行かせたり、体操教室に通うようになりました。

何事にも一生懸命で、どこに行っても行動が早く飲み込みが早いと言われました。ピアノを教えても、一度教えてもらうと復習しなくても忘れない、楽な子でした。早期教育に反対だった夫も、この頃から認めてくれるようになり、協力してくれました。絵本なども積極的に読んでくれるようになりました。

現在、小学1年生になりましたが、とても思いやりがあり弟や妹の面倒もよくみてくれます。手先が器用で創造性もたくましく、物をつくったり、教えたり、考えたりするのが好きで実行力もあります。学校では、積極的に勉強、運動にはげみ、先生からも信頼され友だちには思いやりがあって自慢の娘です。

自分の目標をもって自学自習しているので、まわりの子が塾通いしている中で、娘は高学年が読むような本を借りてきて、さっさと自分の時間をつくって読んでいます。そのせいか、作文は特に得意で、表現が豊かだと思います。今、子どもが本当にバランスよく育ってくれたので、幸せを感じています。
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