2012年11月12日

なぜ3歳までなのか

なぜ「3歳まで」なのでしょうか。それは、脳の神経回路が3歳でほぼ固まってしまうからです。身長の場合は、個人差はあっても、思春期の15、16歳くらいまではぐんぐん伸び、だいたい女子で16歳、男子で20歳くらいで止まります。しかし、脳の場合は、その成長のピークは、生まれてから3年間なのです。

3歳で約7、8割の脳の神経回路ができあがってしまいます。ですから、この急成長しているときに、どんどん栄養になる知識や体験をインプットする必要があるのです。

では、いつから教育を始めたらいちばんいいのでしょうか。1歳から始めればいいのでしょうか。2歳からでしょうか。ビッテ式「家庭保育園」では胎児や0歳から始めるのが最良という驚くべき結果が出ました。それは子どものもつ能力は年齢に反比例するという法則があるからです。

これを「才能逓減(ていげん)の法則」と言います。胎児や0歳のときの教育効果が最高で年を重ねるにつれて、徐々に能力がおとろえていくというものです。それを示すいい例が、インドの森林でオオカミに育てられた人間の子どもの話です。有名な話なのでご存じの方も多いでしょう。

アマラとカマラのふたりの女児は、幼児のときにオオカミに育てられました。発見されたとき、小さいほうのアマラは2歳、大きいほうのカマラは7歳になっていました。その後、ふたりは神父に引き取られて人間として育てられましたが、もはやそのときには手遅れでした。

どんなに熱心に言葉を教えこんでも、死ぬときまでほとんど話せず、覚えたのは少しの単語だけでした。彼女たちが神父に引き取られたときには、アマラとカマラには、もうすでに言葉を覚える能力がなくなっていたからです。

もし、アマラとカマラが、ふつうに育てられていれば、おそらく言葉をしゃべれていたでしょうし、ごく当たり前の人間として一生を終えたことでしょう。ただアマラとカマラがほかの子どもと違っていたのは、誕生直後の大切な時期をオオカミによって育てられたということだけです。

幼児期に、どんな環境に置かれ、どんな生活をしたかが、人の能力を左右するのです。アマラとカマラは人間としては失格でしたが、四つ足で走る、獲物を襲うといったオオカミとしての能力は、人間以上というよりは、オオカミそのものの能力をもっていました。

無限の能力がある3歳までに、オオカミとして生きる訓練を受けたのですから、それ以外の能力は育ちようがなかったのです。それでも、「才能逓減(ていげん)の法則」にあるように、上の子のカマラよりも下の子のアマラのほうがたくさんの言葉を覚えましたし、家庭生活にもなじんでいました。オオカミ少女アマラとカマラのこうした例からも、幼児期の教育がきわめて重要だということがわかります。

posted by kosodate at 06:00| 証明された「能力」 | 更新情報をチェックする

2012年11月06日

何十万人という奇跡的な子どもたち

10数年に及ぶビッテ式「家庭保育園」の教育実践の追跡調査で、こうしたIQやEQが奇跡的に高い子どもたちの実態が、予想を超えて、さらにはっきりしてきたことにより、早期教育の重要性が証明されたのです。

後ほど詳しく紹介しますが、幼児教育の世界的権威グレン・ドーマン博士も「早期教育によって赤ちゃんにも字が読めた、まだ2歳なのに本をどんどん読んでいる・・・・こんな驚きと感謝の手紙が全世界から10万通も届いています」と言って早期教育による奇跡的な子どもたちの出現の事実を述べています。

「家庭保育園」を終了されたほぼ100%の会員から

「残念です。もっと早く始めるべきでした」

「家庭保育園をやって本当によかった」

「もし家庭保育園を知らずに子育てをしていたらと思うと、背筋がぞっとします」

「こんなにも子育てが楽しいものだとは思いませんでした」

という声が寄せられています。

非常に残念なのは、こうした無数の奇跡的な事実を確認しないで、いまだに早期教育は人格に歪みができるとか、しないほうが人間らしいなどと、一部の学者や評論家が論じていることです。

もちろん早期教育のなかでも売らんかな主義で、真の意味で子どもたちのことを考えていない方たちもいます。単に儲ければいいという、こういう方たちは論外です。系統的で数々の素晴らしい成果をあげている早期教育まで、いっしょにして批判的に論じていることが問題なのです。

こうした事実を知らずに、もし、一方的な批判のみを聞き動揺され、お子さんの偉大な才能や人格形成が「無視」されるなら、これほどの大罪はないといえましょう。それは本当に残念なことです。

胎児や赤ちゃんは、あらゆることを学びたがってうずうずしています。胎児や赤ちゃんは世の中のどんな大人も太刀打ちできないほどの計り知れない知的好奇心にあふれているのです。すべての胎児や赤ちゃんは、学ぶことが大好きでしかたがないのです。

すべての胎児や赤ちゃんは、高度な算数でも、外国語でも、百科事典の知識でも吸収する可能性を秘めているのです。オリンピック選手のような運動能力をもち、超一流の演奏家になることも可能なのです。

そうです。何度もくり返しますが、すべての胎児や赤ちゃんには無限の可能性があるのです。その潜在力は、万能の天才といわれたルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチよりも高いのです。

胎児や赤ちゃんにとって最大の悲劇があるとすれば、人生でいちばん学びたいと願っている時期に何も教えてもらえず放っておかれることです。学びたい時期に放っておかれ、学校に入ってから「もっと勉強しなさい」「勉強しなければいい学校に入れないよ」などといわれてもそれはむずかしいことなのです。

これまでに何度となく親たちが犯した最大の過ちは、子どもがしゃべるようになってから、あるいはものごとが理解できるようになってから、教育すればよい、と考えたことではないでしょうか。

東大など一流大学へ入った子どもたちを調べると、子どもたちが胎児や幼児のときから何度も何度もくり返し、すぐれた絵本や童話などの読み聞かせをしてもらっていたことがわかりました。こうした絵本や童話が知能を開発し、心の糧となったのです。

本当に赤ちゃんの脳はそんなにすごいのか、無限の可能性があるのか、「IQ200天才児は母親しだい」(コスモトゥーワン刊)でも取り上げられていましたが、ここで少し紹介してみましょう。

posted by kosodate at 10:00| 証明された「能力」 | 更新情報をチェックする

2012年10月31日

心優しい天才児が続々と、ビッテ式「家庭保育園」の奇跡

いかがでしたでしょうか。実際にこうした数々の体験談が寄せられていることからも、驚くべき幼児の教育革命が静かに、しかも着実に進んでいることがわかっていただけたと思います。

はじめに、でもご紹介しましたように、「家庭保育園」のすぐれた教材を0歳から3歳までの幼児たちが使うことで、何と平均IQが159という奇跡的なものになっています。また、IQ140以上の天才児の出現率は75.3%で、通常の出現率(0.6%)の何と125.5倍なのです。

これまでの常識をはるかに超えた天才児たちが全国で続々誕生しているのです。こうした天才児たちの母親や父親は特別な人たちではありません。ただ胎児や幼児は無限の可能性をもった素晴らしい存在だ、ということを信じ、実践してきた人たちなのです。

体験談を見てもわかるように「子どものために少しはいいのだろうから」といったい軽い気持ちで「家庭保育園」を実践した方もいますが、実際、わが子がその奇跡的な能力を発揮する姿をまのあたりにして感謝のお便りをくださった方もたくさんいました。

心が優しくて好奇心が強く、積極的でIQの高い子どもとしてわが子が成長していく姿を見ることは、何よりも親としての生きがいであり、そうした子どもとの交流はわくわくどきどきするような楽しさの連続なのです。
posted by kosodate at 00:13| 証明された「能力」 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。