2013年05月14日

幼児期の頭脳は使えば使うほど成長する

それでも、幼児のときからそんなに詰めこんで色々教えてしまったら、成長するにしたがってもう育つ余地がなくなってしまうのでは、と心配されるかもしれません。そんな疑問に対しては、運動能力を例にして考えると、わかりやすいでしょう。

オリンピックにも出た元体操選手の池田敬子さんは、ご主人も体操選手でしたので、素質的には申し分ない子どもが生まれるはずだと考えました。それで最初の長女が生まれたときには、小さいときから体操の訓練をして育てたので、見事に運動神経の発達した子どもになりました。

ところが、2人目の子どものときには、素質があるから放っておいても、自然に運動神経の発達した子どもになるだろうと思って、特別に何も訓練しませんでした。

すると、その子どもは4歳になっても、30センチの高さの所から飛び降りることができないほどの「運動オンチ」になってしまったというのです。あわてて訓練を始めたのですが、そのと
きには、もう遅かったといいます。

運動能力も、決して素質ではなかったのです。適応能力が非常に高い乳幼児期に行なう訓練こそ、どんな素質よりも効果的なのです。頭脳もそれと同じことが言えます。どんなにすぐれた素質や能力をもっていても、それを特に乳幼児期に使って訓練しなければ、だめになってしまうのです。使わなければ脳も発達しないのです。

ソ連の神経生理学者ポリス・N・クロソフスキー博士は、生まれたばかりの子猫と子犬をふたつのグループに分け、一方にはふつうの育て方をし、もう一方には、ゆっくり回転するターンテーブルの上で生活させました。このふたつのグループの違いは、動いている世界にいるか動いていない世界にいるか、というだけのことです。

クロソフスキー教授は、子猫と子犬の生後10日目から19日目までの脳を摘出して調べてみました。その結果、ターンテーブルで生活していた子猫と子犬の脳は、ふつうの子猫と子犬の脳に比べて22.8%から35%ほど大きくなっていたという結果が得られたのです。

わずか生後10日目から19日目でも、動いている世界にいたほうの脳が、明らかに発達したということです。これは、何を意味するのでしょうか?生まれたばかりの脳に刺激を与えることによって、脳細胞が大きく発達するということです。


何も刺激を与えない(インプットしない=使わない)と脳はそのままですが、回転するターンテーブルの上で生活するという、わずかな刺激を与える(インプットする=脳を使う)だけで、脳細胞が大きく成長するということなのです。

子猫や子犬の実験と人間の幼児を同等に考えることはできないかも知れません。しかし、少なくとも、幼児期からの早期教育が脳の発達を促し、その成長に大きく寄与することは十分に考えられるわけです。逆に言えば、爆発的に成長する時期に脳を使わなければ、脳の成長はあまり望めず、その後における学習能力に影響するのです。それを証明するのが、脳波の働きです。

脳波は、ふつう1秒間に電気的信号が伝わる波の数によって分類されていますが、特に、脳の働きを活性化することで知られているのが、8~14ヘルツのアルファー波と呼ばれているものです。創造活動には、このアルファー波が活発に脳から放出されている状態が、非常に理想的なのです。ですから、学習をするときにはこのアルフアー波が出ていればいいのです。

ところが、ふつうわれわれが日常的に活動しているときに脳から出ているのは、14~30ヘルツのベーダ波と呼ばれるものです。ベータ波は、左脳的に習慣的な働きをする脳波で、日常的な活動をつかさどります。

学習するときは、脳からアルファー波が出るようなリラックスした状態をつくる必要があります。瞑想などのメディテーションもそのひとつです。ところが、この学習するのに非常に便利なアルファー波が四六時中出ている時期があります。それが幼児期なのです。ですから、この幼児期に早期教育をほどこすのがとても効果的なのです。また、その後に脳波がベータ波に変わってしまっても、柔軟に対応できるようになります。

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2012年11月22日

ドーマン博士の驚くべき成果

ビッテ式「家庭保育園」では、幼児教育の世界的権威であるグレン・ドーマン博士のメソッドを早期教育のひとつの柱にしています。博士の体験に裏づけされた科学的な分析は非常に参考になりますので、ここでその要旨をご紹介しましょう。

ドーマン博士は、「私たちの研究所では、何年もかかってようやく、子どもが読むことを学ぶ年齢が低ければ低いほど、楽に学べ、よく読めるということに気づいたのです」と語っています。また、7歳児に読むことを教えることよりも、1歳の赤ちゃんに教えるほうがはるかに簡単だ、とも言っています。

「私たちがまず驚愕の念をもって認識したのは、幼児にも読むことを教えられるということだった。そんなはずはないと思われるかもしれないが、それは事実であるばかりでなく、7歳児に読むことを教えるより、1歳の赤ちゃんに教えるほうが簡単なのだ。それも、はるかに簡単なのである」(「子どもの知能は限りなく」)。

このような考えをもつに至ったのは、ドーマン博士がそれまで障害児教育に従事してきた経験からきています。以下、少しですがドーマン博士の素晴らしい体験をごらんください。

最初、ドーマン博士は幼児教育が専門ではなく、障害児のリハビリに従事していました。言葉の話せない重症の子ども、ハイハイができず動けない子ども、目が見えない子どもなどの機能を回復させる仕事をしていたのです。そのときの治療は、障害児の脚が悪ければ、その脚を何度も屈伸させたり、曲げたりする方法でした。正常児のように根気よく動かしてやれば、やがてその機能が回復するのではないかと考えたのです。

しかし、この方法では、障害児たちの回復は、ほとんど絶望的な状況でした。むしろ、治療を受けさせる費用がなくて自宅で療養していた障害児のほうに回復の兆しがありました。このような試行錯誤の末、ドーマン博士は、あることを発見したのです。

それは、まさに「奇跡」と言っていいかもしれません。障害が起こるのは、脚や目そのものが悪いというより、それらの機能を動かし、統轄している「脳」にこそ問題があるためではないか、という事実を発見したのです。

脳の障害によって、目や脚が悪くなるのではないか、と気づいたのでした。「人間の全機能を統轄するのは脳であるから、もしそれがひどく障害を受ければ、脳障害の症状は身体のいたるところに現われるであろう」「目、耳、口、胸、腕、脚、その他身体のどの部分であれ、そこに現われた症状を治療することは、脳障害を治すことにはならないであろう」(グレン・ドーマン著「親こそ最良の医師」)「脳」にこそすべての問題点があったわけです。このような発見にそって、ドーマン博士たちは、それまでの対症療法的な治療を全面的に改めました。

ドーマン博士は、脳の問題を解決することですべての障害を解決できると、考えたのです。これについて博士は「単なる症状の治療より、脳そのものにある問題を解決することができれば、症状は自然に消えるであろう」と言っています。そこで、博士は、まず最初に、いったい幼児たちはどのように成長し、ハイハイし、歩き、しゃべるようになるのかを正常児の成長過程を通して観察することにしました。

すると、幼児がしゃべったり、歩いたりできるのは、ある一定の成長の法則に従っていることがわかってきたのです。幼児の成長過程は、最初に手足を使って腹這いをし、ハイハイをし、それから歩くという段階的なパターンを取ります。

障害児は、この正常児がたどる成長のパターンをたどっていないので障害児となる、ということがわかったのです。博士は、この正常児の成長のプロセスを障害児に当てはめ、治療したらどうだろうか、と考えました。その結果は、驚くべきものでした。

それまで、どのような治療をしても、よくならなかった障害児たちが、徐々によくなってきたのです。「奇跡」は、それだけではありませんでした。その治った障害児の能力が、驚くべきことに、脳に障害を受けていないふつうの正常児に追いついてしまったのです。治らないと思われていた障害児が、治る以上の奇跡を起こしたのです。

このことからドーマン博士たちは、ひとつのアイデアをもちました。障害児に応用できることならば、これを正常児に応用したら、どういう結果をもたらすだろうか、と考えたのです。その結果も、また驚くべきものでした。正常児は、ふつうの成長をはるかに超えた能力を発揮しだしたのです。天才児が育つようになったのです。

それが、赤ちゃんには天才になる無限の可能性があるという早期教育の基礎的認識の発見につながっていきました。ドーマン博士は、それをひとつのシステムとして完成させたのです。幼児の知能を発達させる運動機能のプログラムやドッツカードなどのカードによる教育方法です。

その代表的なものが「家庭保育園」でも活用されているドッツカードです。その具体的方法については、「幼児は算数を学びたがっている」(日本学校図書㈱で取り扱っています)を参照してください。

ドッツカードの目的は、目で正確な数を数えさせることではありません。幼児の理解力は、大人が考えるような理解の仕方ではなく、全体を一種のパターンで認識しています。この理解力に合わせ、数もパターン認識できるようにするのです。

最初はただ、カードを見せて数字を言うだけで、「これはいくつ?」などと質問をしてはいけません。あくまでインプットするだけで、アウトプットを望んではいけないのです。このような方法で教えていくと、ある日、その成果が具体的に現われてきます。

早期教育によって子育てをしたお母さんたちの体験談を紹介しましたが、そのなかにドッツカードの話も載っています。それでもわかるように、突然、カードをランダムに見せても、やがて、その数を正確に言い当てることができるようになるのです。

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2012年11月15日

脳の7、8割は3歳までに完成する

大脳の研究からどうして3歳までなのか、どうして「才能逓減の法則」なのか、を調べてみましょう。生まれた瞬間の人間の脳には140億個の脳細胞があるといわれています。そしてこの脳細胞は生まれ落ちたときから、外界の刺激に対してまさに爆発的な勢いで脳細胞同士の配線(神経回路)を増やしていきます。

その配線のつなぎ目のことをシナプスと言いますが、シナプスが増えれば増えるほどすぐれた脳になります。新しい刺激や経験を積むほどシナプスは増えますし、1個の脳細胞から8000にもおよぶシナプスが生まれることもあると言います。

140億個の脳細胞から、それぞれ8000のシナプスが生まれると、全体では何と112兆になります。まさに天文学的な数字になるのです。最新の大型コンピュータを何百、何千台と合わせても人間の脳には勝てないのです。

胎児から3歳までに脳が急速に発達するということは、このシナプスが爆発的に増えるということなのです。系統だった教育的刺激によって配線(神経回路)も太く、シナプスも多くなるのです。

3歳以降はシナプスの増え方が徐々に少なくなります。この3歳までの大切な時期にあまり刺激を与えられなかった子どもは配線も細く、シナプスも少ないのです。さらに、最近の脳の研究では、脳の重要な部分は1歳までにはできているといいます。

見たり、聞いたり、味わったり、ふれたり、匂いを嗅いだりする五感をつかさどる感覚系の神経回路、さらに手や足の筋肉を動かす運動系の神経回路は、ほぼ1歳で完成するのです。脳が発達するということは、これらの神経回路が太く、密につながることですから、そのためには幼児に最良の刺激を与えることが何よりも大切なのです。

アメリカの心理学者ノルマ・リンジヤ博士は、出産したばかりの28組の親子をA・Bふたつのグループに分け、1週間にわたって以下のような実験をしました。

Aグループは、一日のうち授乳時の他に5時間、親が赤ちゃんといっしよにいることとし、Bグループは授乳時の30分間だけしか親は赤ちゃんといっしょに過ごせないことにしました。博士は、小学校にあがるまで、このふたつのグループを追跡調査しましたが、Aグループのほうが知的にすぐれた子どもに育つたということです。

出産したばかりの1週間でもこのような違いがあるのですから、よい教材とよいシステムによって3歳まで母親が愛情をこめて働きかければ、もっともっとすごい効果が出るということです。

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2012年11月12日

なぜ3歳までなのか

なぜ「3歳まで」なのでしょうか。それは、脳の神経回路が3歳でほぼ固まってしまうからです。身長の場合は、個人差はあっても、思春期の15、16歳くらいまではぐんぐん伸び、だいたい女子で16歳、男子で20歳くらいで止まります。しかし、脳の場合は、その成長のピークは、生まれてから3年間なのです。

3歳で約7、8割の脳の神経回路ができあがってしまいます。ですから、この急成長しているときに、どんどん栄養になる知識や体験をインプットする必要があるのです。

では、いつから教育を始めたらいちばんいいのでしょうか。1歳から始めればいいのでしょうか。2歳からでしょうか。ビッテ式「家庭保育園」では胎児や0歳から始めるのが最良という驚くべき結果が出ました。それは子どものもつ能力は年齢に反比例するという法則があるからです。

これを「才能逓減(ていげん)の法則」と言います。胎児や0歳のときの教育効果が最高で年を重ねるにつれて、徐々に能力がおとろえていくというものです。それを示すいい例が、インドの森林でオオカミに育てられた人間の子どもの話です。有名な話なのでご存じの方も多いでしょう。

アマラとカマラのふたりの女児は、幼児のときにオオカミに育てられました。発見されたとき、小さいほうのアマラは2歳、大きいほうのカマラは7歳になっていました。その後、ふたりは神父に引き取られて人間として育てられましたが、もはやそのときには手遅れでした。

どんなに熱心に言葉を教えこんでも、死ぬときまでほとんど話せず、覚えたのは少しの単語だけでした。彼女たちが神父に引き取られたときには、アマラとカマラには、もうすでに言葉を覚える能力がなくなっていたからです。

もし、アマラとカマラが、ふつうに育てられていれば、おそらく言葉をしゃべれていたでしょうし、ごく当たり前の人間として一生を終えたことでしょう。ただアマラとカマラがほかの子どもと違っていたのは、誕生直後の大切な時期をオオカミによって育てられたということだけです。

幼児期に、どんな環境に置かれ、どんな生活をしたかが、人の能力を左右するのです。アマラとカマラは人間としては失格でしたが、四つ足で走る、獲物を襲うといったオオカミとしての能力は、人間以上というよりは、オオカミそのものの能力をもっていました。

無限の能力がある3歳までに、オオカミとして生きる訓練を受けたのですから、それ以外の能力は育ちようがなかったのです。それでも、「才能逓減(ていげん)の法則」にあるように、上の子のカマラよりも下の子のアマラのほうがたくさんの言葉を覚えましたし、家庭生活にもなじんでいました。オオカミ少女アマラとカマラのこうした例からも、幼児期の教育がきわめて重要だということがわかります。

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2012年11月06日

何十万人という奇跡的な子どもたち

10数年に及ぶビッテ式「家庭保育園」の教育実践の追跡調査で、こうしたIQやEQが奇跡的に高い子どもたちの実態が、予想を超えて、さらにはっきりしてきたことにより、早期教育の重要性が証明されたのです。

後ほど詳しく紹介しますが、幼児教育の世界的権威グレン・ドーマン博士も「早期教育によって赤ちゃんにも字が読めた、まだ2歳なのに本をどんどん読んでいる・・・・こんな驚きと感謝の手紙が全世界から10万通も届いています」と言って早期教育による奇跡的な子どもたちの出現の事実を述べています。

「家庭保育園」を終了されたほぼ100%の会員から

「残念です。もっと早く始めるべきでした」

「家庭保育園をやって本当によかった」

「もし家庭保育園を知らずに子育てをしていたらと思うと、背筋がぞっとします」

「こんなにも子育てが楽しいものだとは思いませんでした」

という声が寄せられています。

非常に残念なのは、こうした無数の奇跡的な事実を確認しないで、いまだに早期教育は人格に歪みができるとか、しないほうが人間らしいなどと、一部の学者や評論家が論じていることです。

もちろん早期教育のなかでも売らんかな主義で、真の意味で子どもたちのことを考えていない方たちもいます。単に儲ければいいという、こういう方たちは論外です。系統的で数々の素晴らしい成果をあげている早期教育まで、いっしょにして批判的に論じていることが問題なのです。

こうした事実を知らずに、もし、一方的な批判のみを聞き動揺され、お子さんの偉大な才能や人格形成が「無視」されるなら、これほどの大罪はないといえましょう。それは本当に残念なことです。

胎児や赤ちゃんは、あらゆることを学びたがってうずうずしています。胎児や赤ちゃんは世の中のどんな大人も太刀打ちできないほどの計り知れない知的好奇心にあふれているのです。すべての胎児や赤ちゃんは、学ぶことが大好きでしかたがないのです。

すべての胎児や赤ちゃんは、高度な算数でも、外国語でも、百科事典の知識でも吸収する可能性を秘めているのです。オリンピック選手のような運動能力をもち、超一流の演奏家になることも可能なのです。

そうです。何度もくり返しますが、すべての胎児や赤ちゃんには無限の可能性があるのです。その潜在力は、万能の天才といわれたルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチよりも高いのです。

胎児や赤ちゃんにとって最大の悲劇があるとすれば、人生でいちばん学びたいと願っている時期に何も教えてもらえず放っておかれることです。学びたい時期に放っておかれ、学校に入ってから「もっと勉強しなさい」「勉強しなければいい学校に入れないよ」などといわれてもそれはむずかしいことなのです。

これまでに何度となく親たちが犯した最大の過ちは、子どもがしゃべるようになってから、あるいはものごとが理解できるようになってから、教育すればよい、と考えたことではないでしょうか。

東大など一流大学へ入った子どもたちを調べると、子どもたちが胎児や幼児のときから何度も何度もくり返し、すぐれた絵本や童話などの読み聞かせをしてもらっていたことがわかりました。こうした絵本や童話が知能を開発し、心の糧となったのです。

本当に赤ちゃんの脳はそんなにすごいのか、無限の可能性があるのか、「IQ200天才児は母親しだい」(コスモトゥーワン刊)でも取り上げられていましたが、ここで少し紹介してみましょう。

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