2012年09月28日

3歳の検査でIQが202、すべてに意欲的な子に

1歳6ヵ月のとき、ビッテ式「家庭保育園」に出合い、それまでの育児を反省させられました。当時は、カードー日100枚、本読み30冊、外遊び、ESP記憶遊びなどを毎日欠かさずにしていました。カードは子どもが寝てから、夜中の2時、3時頃までつくりました。

カードづくりも苦痛ではなく、広告や古本などを利用して、私のほうが楽しんでいたようです。フラッシュしかカードも2000枚は超えたと思います。男の子でしたので、じっとしているのが嫌いで、ドッツカードなどを見せるのに一苦労でした。

ドッツカードに変化をもたせるためにカードの間にキャラクターを入れたりして、子どもが興味を覚えるように工夫しました。飽きやすいので、朝、起きてすぐにできるように枕元に置いてみたり、良が興味をもちやすいように毎日、色々な方法を考えました。

最初はそれでも、本当に頭に入っているのかと疑問を感じる日々でしたが、1歳8ヵ月の頃から、それまでにインプットしていたことが一気に噴き出るように出てきました。ひらがなは全部読めるようになり、漢字や世界の国旗も、100枚ほどはスラスラ覚えました。俳句、四字熟語やことわざも、よく口にするようになって、主人も驚いていました。

何よりも言葉の数が同し年齢のお子さんよりもかなり多く、近所の方もびっくりされました。2歳半くらいになると、本をひとりで読めるようになり、短い内容だと、ときどき、私にも読んでくれるようになりました。3歳のときの知能検査ではIQが202でした。

息子も5歳になり、幼稚園に入園したのですが、担任の先生に「○○くんはほかのお子さんにはない素晴らしいものをもっていますね。何かされていたのですか?」とうれしい言葉をいただきました。2歳の頃に覚えていたカードもほとんど忘れてしまい、一時は残念に思ったのですが、そうではなく、当時やっていたことがすべての土台になった気がします。

何を教えてもすごく飲み込みが早く、何にでも意欲的な子に育ってくれました。何よりもよかったと思うのは、ビッテ式のプログラムを通して、親子のスキンシップがはがれたことです。本当に子どもの能力は素晴らしいと実感しています。
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2012年09月24日

2歳で本をひとりで読める子に

妊娠を知ったその日から、私はおなかの中の子どもにできる限りのことをしてあげようと思いました。まず、本屋へ行き、胎児に関する本を何冊も買い、読みあさりました。

出産後は、雑誌の広告に出ている幼児教材のカタログなどすべて取り寄せ、説明してもらいました。口がしょうずで何時間も話して帰ってくれない人、電話でしつこく売り込みしてくる人などさまざまでした。そして私と主人が相談して選んだの粧ビッテ式「家庭保育園」でした。

4ヵ月目から本を読み始め、ドッツ、絵カードなど「今月の働きかけは・・・」とプリントを見て、楽しく毎日のプログラムをこなしていきました。始めてからすぐ4ヵ月目で息子はワンワンと話せるようになり、色々なこと(おつむてんてん、バイバイ)など教えてやるとすぐ吸収してまねができるようになりました。

当時は、同じ月齢の子どものお母さんから「○○くんのように何でもできるようになるコツは何ですか」といつも聞かれていました。1歳前にABCDと歌いだし、A~Kまで息子が□ずさんだときには、帰ってきた主人にニコニコ顔で報告しました。

息子がひとりで「勉強する」と言って、プリントと筆箱を持って机に向かうときは、何だか変な気分です。私も小さいときにビッテ式の働きかけをしてもらっていたら、3歳くらいで「ひとりで勉強する」という子になっていたのでしょうか?

私がなったらいいなあと思っていた、2歳で本が読める子にいつのまにかなっていました。ひらがなを全部覚えた時点で、カタカナがだいたいわかるようになりました。私は息子が2歳であることを忘れ、ほかのプリントやむずかしいものを無理にやらせようとしたことがあります。

そんなとき、主人や実の父や母に「まだ無理だよ」と言われ、「はっ」と息子が2歳であることを思い出し、夜、反省することがあります。でも、「やったらできるんじゃないかな」と思うくらい、息子は成長しています。
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2012年09月21日

「人のために役立つ人になりたい」と発明家を志す子

当時の働きかけでいちばんよかったのは、絵本読みと語りかけでしょう。歌もよく歌いました。生後6、7ヵ月目の頃からは、絵力jドのフラッシュを始めました。とても好奇心のおう盛な子だったので、やりがいがありました。インプットしてあげると、反応が早く、こちらの予想を超えて答えてくれるので、あせりもなく、楽しく育児ができました。

お母さん方の中には、いくらインプットしても、子どもがまったく反応を示さないとあせりを感じる方もいます。そんな方に、もし私かアドバイスするとしたら、「あせってはだめ、アウトプットは個人差があるのだから、とにかく、ひたすらインプットよ」と言ってあげたいと思います。

わが家には、もう一人、長女(現在5歳8ヵ月)がいて、性格は二人とも異なりますが、私か幼い彼らにしてあげたことはまったく同じです。2歳のとき、ひらがなを教えました。1日1字。それもしつこく言わない。「これが”かめ”の”か”、”かもめ”の”か”よ」と1回言うだけです。あとは自分の好きな遊びをさせました。

あるとき、広告のチラシに赤のマジックで大きく「か」の字をひとつ書き、それを冷蔵庫にマグネットで貼っておきました。すると次の日、息子が、「あっ、かあさん。「か」が冷蔵庫に書いてあるよ」と言ってくれて大成功!

濁点などの字は、絵本を読んであげている中で、覚えていったと思います。カタカナとか漢字は、自分で調べて覚えてくれましたので、私は何も教えることがありませんでした。私がしてあげたことは、辞書を買い与えたことと、辞書の引き方を教えたことです。息子が興味をもっているのは工作で、いつも何か物をつくっています。

「What do you want to be when you grow up?」と聞いたら、

「I wont to be a Inventer」だそうです。

「おかあさん、ぼくのなりたい発明家は、社会に出て人のために役立つよね」という話を聞いて、「ああ、私のしたことは間違いではなかった。「家庭保育園」を知ってよかった」と感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。いちばんうれしいのは、私か病気になったとき、私の手をわずらわせないように妹の面倒を見て、私をゆっくり寝させてくれる優しいお兄ちゃんだということです。

クツ洗いも、「○○ちゃん。上グツと運動グツを風呂場に持っておいで。これからお兄ちゃんがクツの洗い方を教えてあげる」と妹にクツの洗い方を教えています。親の私としては本当に助かります。
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2012年06月12日

それほど熱心でもなかったのに早期教育でとてもいい子に

生まれてきた子どものために、よい環境を整えてあげたい、豊かな心を育てたいと、親になれば誰でも願うことでしょう。ですが、情報や物があふれる中で何を選んだらよいのか、迷ってしまうというのが現状ではないでしょうか。

7年前の私も、何かしてあげたいけれど、いわゆる英才教育には抵抗があり、教えこむやり方はしたくないと考えていました。そんな時期に、ビッテ式「家庭保育園」を知り、まず、絵本の質のよさにひかれ購入したのです。

私自身子どもの頃、あまり絵本に接しないできてしまい、子どもといっしょに楽しめたら、という思いでした。そんなきっかけでしたから、「天才児に育てる」とか「子どもの無限の可能性を信じて」という言葉を見てもピンとこず、あまり熱心に働きかけたほうではないと思います。

絵本はよく読みましたが、ドッツカードも2日に1度くらい、マグネット式のプレイシートは子どもが喜んでペタペタたしているのを見ているぐらいで、システムにのっとって毎日ということはしませんでした。それでも、子どもと一対一で向かい合っている時間、子どもは生き生きと楽しそうに遊んでいました。

もし、このビッテ式「家庭保育園」がなかったら、1日の大半を何気なく過ごして、手応えのない育児になっていたかも知れません。外遊びと家庭内の遊びのバランスがよく、子どもも満足そうな表情をするので、私自身も精神的に落ち着いていました。

長男は、今8歳で、小学2年生になりました。勉強という点では、幼稚園のときにはさほど感じませんでしたが、学校へ上がる頃になると、周囲のお友だちとの比較で、どれほどのところにいるのか様子もだんだん見えてきます。

ほかの友だちのお母さんから、「○○くんはすごいね。勉強もできるし、スポーツもできるし。やっぱりお父さんが先生だからね」と言われます。たしかに主人は小学校の教員ですが、家ではまったく何もしないのです。それを考えると、きっと「家庭保育園」を少しずつでもやってきたことがよかったのだ、と心の中で思います。

成績表「あゆみ」では、1学期は30項目中、28項目が「よくできる」でした。5歳の二男が病気がちで、彼が生まれてからは、長男の勉強が二の次になって、さらに長女が誕生してからはかまってあげられず、私も悪かっとなあと思っています。

もう少し熱心に働きかけをしていれば、もっと広い世界に出て行けたかも知れないのに、と。しかし、現在の彼を見ていると、勉強は授業より先に進んでいるわけではないのですが、先生の話を聞いてすぐ理解できるし、記憶もよくできているようです。

ですから、勉強に運動にと、本当に学校生活を楽しんでいるようで、余裕が感じられます。また、近くの公文式教室に通い始めたら、そこの先生が「家で何か特別なことをしていませんでしたか?算数が特にすごいですよ。こういう子はめったにいませんよ」と言ってくださいました。

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2012年06月09日

習字の先生が「こんな子はいない」と絶句

初めての出産で不安だらけだったときに、ビッテ式「家庭保育園」に出合いました。係の人が「まずは、とにかく教材を見てください」とカバンの中から出されたのは、松谷みよ子さんの「いないいないばぁ」の本でした。当時6ヵ月だった理介にその本を見せた瞬間、今までただの赤ちゃんの目をしていたのに、目がカメラのようになったのです。

被写体をとらえて、レンズをしぼる音がて「ジィーッ」と聞こえてきそうなくらい探求心いっぱいの目でした。そのとき私は「子どもは求めていたのだ、きっとずっと前から」と思わず心の中で叫んでいました。しまった、と思ったのです。もっと早くビッテ式「家庭保育園」に出合わせてやればよかった・・・と。

最初のうちは、たくさんの内容あふれる教材を使いこなせるのか不安でしたが、そんな不安はすぐに打ち消されてしまいました。月齢プログラムよりも先の本、先の教材を彼はすでにどんどん求めてきたからです。1歳の頃は毎日、「本、カード、テープ」の日々でした。

本は、1日20冊以上しを2回はくり返し、カード類は見せ終わると、もっと続けてほしい!と言わんばかりによく泣かれました。本を読んで、と持ってきた1歳、本を自分で見る2歳、本を自分で読む3歳、今は文字を書く4歳です。

3歳前後から、読むよりも書くことに興味を示し、プリント学習が始まったときには、ひらがなで自分の名前を書いていました。ただ文字は、なぐり書きに近いので、毛筆習字を習い始めました。これは本人の希望でもあったのです。

先生にどの程度のレベルかをわかっていただくために、あいうえお表を見せずに、ひらがなで50音すべてを書かせて持って行きますと、「年少さんで文字を読めるのもすごいのに、文字が書けるなんて子はいないよ!」と絶句されてしまいました。

お習字に通い始めてから字をゆっくりていねいに書くようになりました。しかし、プリント学習は、「どれからやろうか?」と迷い、ちえ、もじ、かずと3枚見せると、必ず「かずのプリントからする!」ということになりました。また、3枚以上やりたがるのですが、毎日、規則的に継続させるためには・・・と、はやる心をなだめている今日この頃です。

そして、卒業した私たち親子が、このプログラミングをなし遂げて得たものは、強い絆、信頼、すぐれた学習能力でしょうか。本当に素直でいい子です。
posted by kosodate at 20:00| 驚くべき天才児たちの誕生 | 更新情報をチェックする
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