2012年06月09日

習字の先生が「こんな子はいない」と絶句

初めての出産で不安だらけだったときに、ビッテ式「家庭保育園」に出合いました。係の人が「まずは、とにかく教材を見てください」とカバンの中から出されたのは、松谷みよ子さんの「いないいないばぁ」の本でした。当時6ヵ月だった理介にその本を見せた瞬間、今までただの赤ちゃんの目をしていたのに、目がカメラのようになったのです。

被写体をとらえて、レンズをしぼる音がて「ジィーッ」と聞こえてきそうなくらい探求心いっぱいの目でした。そのとき私は「子どもは求めていたのだ、きっとずっと前から」と思わず心の中で叫んでいました。しまった、と思ったのです。もっと早くビッテ式「家庭保育園」に出合わせてやればよかった・・・と。

最初のうちは、たくさんの内容あふれる教材を使いこなせるのか不安でしたが、そんな不安はすぐに打ち消されてしまいました。月齢プログラムよりも先の本、先の教材を彼はすでにどんどん求めてきたからです。1歳の頃は毎日、「本、カード、テープ」の日々でした。

本は、1日20冊以上しを2回はくり返し、カード類は見せ終わると、もっと続けてほしい!と言わんばかりによく泣かれました。本を読んで、と持ってきた1歳、本を自分で見る2歳、本を自分で読む3歳、今は文字を書く4歳です。

3歳前後から、読むよりも書くことに興味を示し、プリント学習が始まったときには、ひらがなで自分の名前を書いていました。ただ文字は、なぐり書きに近いので、毛筆習字を習い始めました。これは本人の希望でもあったのです。

先生にどの程度のレベルかをわかっていただくために、あいうえお表を見せずに、ひらがなで50音すべてを書かせて持って行きますと、「年少さんで文字を読めるのもすごいのに、文字が書けるなんて子はいないよ!」と絶句されてしまいました。

お習字に通い始めてから字をゆっくりていねいに書くようになりました。しかし、プリント学習は、「どれからやろうか?」と迷い、ちえ、もじ、かずと3枚見せると、必ず「かずのプリントからする!」ということになりました。また、3枚以上やりたがるのですが、毎日、規則的に継続させるためには・・・と、はやる心をなだめている今日この頃です。

そして、卒業した私たち親子が、このプログラミングをなし遂げて得たものは、強い絆、信頼、すぐれた学習能力でしょうか。本当に素直でいい子です。
posted by kosodate at 20:00| 驚くべき天才児たちの誕生 | 更新情報をチェックする
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